大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3937号 判決 1973年3月06日

原告

倉茂正光

ほか二名

被告

大同株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告倉茂正光に対し金二〇万一四五〇円、原告倉茂房伺に対し金一一万四七九〇円、原告倉茂愛子に対し金四万五三六〇円および右各金員に対する昭和四六年五月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告ら)

一  被告両名は各自、原告倉茂正光に対し金七八一、四二八円、原告倉茂房伺に対し金四二九、三〇〇円、原告倉茂愛子に対し金一五六、〇〇〇円ならびに右各金員に対する昭和四六年五月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告両名の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

(原告ら)

一  事故の発生

被告大矢利夫(以下被告大矢という)は、昭和四四年二月一五日午後二時四五分頃、普通乗用車(品川五一は七六〇三号、以下被告車という。)を運転し、東京都練馬区豊玉北四丁目一四番地先幅員約七メートルの路上を西武池袋線練馬駅方面より環状七号線方面に向けて進行中、自車の左側前方を自転車に乗り同一方向を進行していた原告倉茂正光(当時九歳、以下原告正光という)が同所交叉点に差しかかり右折しようとして暫時停止していたその自転車の右後部に自車の左前部を接触させて原告正光をその場に転倒させ、よつて同人に大腿骨骨折の傷害を負わせた。

二  責任原因

1 被告大矢は、自車の前方左側を同一方向へ進行する自転車乗者が殊に年少者でもあることから、絶えずその自転車の動静に注意し、いつでも急停車できる速度で進行し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、しかも制限速度(時速二五キロメートル)をはるかに超える時速約四〇キロメートルで同所交叉点に進入し、原告正光乗用の自転車の約七・〇〇メートル手前において急制動したので間にあわず、本件事故を生ぜしめたもので、過失責任を免れない。

2 被告大同株式会社は、各種被服の製造、加工、販売等を目的とする会社で、前記普通乗用車を所有し、当時自己のため右自動車を運行の用に供していた。

三  損害

1 原告正光の損害(慰藉料)金一、一六七、五〇〇円

原告正光は本件事故により後記入院加療一〇四日、通院加療一四七日を要する傷害を被り、事故後約五ケ月間は全く、約三ケ月間は半日ずつしか通学できなかつたが、通学した場合も体育実技は見学せざるを得なかつたこと、後遺症として大腿部に長さ一八センチの傷口が瘢痕とし未だに残り、海水浴等大腿部を露出する機会には常に羞恥心にさいなまされそれまで常時着用していた半ズボンすら着用を躊躇せざるを得ないこと、現在でも骨折部周辺が屡々疼痛しなお今後相当期間右疼痛に苦しむことが予想され、また他の児童のようにボール遊び等戸外の遊戯、スポーツができないこと、その他、本件事故が被告大矢の重過失にもとづくものと認められること、事故後被告らはなんらの誠意も示さないこと(本訴前に原告らから民事調停の申立がなされたが、被告らは自賠責保険金で充分過ぎると主張して譲らず、不調に帰した)を斟酌すると原告正光が被つた精神上、肉体上の苦痛を慰藉するためには少くとも金一、一六七、五〇〇円をもつて相当とする。

2 原告房伺の損害 金四二九、三〇〇円

(一) 入、通院治療費等 金二七九、三〇〇円

(イ) 原告正光は東京都練馬区豊玉中二ノ二二富田病院に昭和四四年二月一五日から同年五月一七日まで九二日間入院、同月一八日から同年八月一二日まで通院し、

(ロ) その後東京都千代田区富士見二ノ一〇ノ四一東京警察病院に昭和四四年九月一一日から同月二二日まで一二日間入院し、その前後同年八月一三日から同年一〇月二三日まで通院し、治療費(イ)(ロ)合計金一七六、九〇〇円を要し、

(ハ) その間医師の指示により山梨県下部温泉に療養に赴き治療宿泊費等合計金一〇二、四〇〇円を要した。

(二) 弁護士費用 金一五〇、〇〇〇円

原告らは弁護士町田健次、同柏谷秀男に本件訴訟を委任し、手数料、報酬として金一五〇、〇〇〇円の支払いを約した。

3 原告愛子の損害 金一五六、〇〇〇円

(一) 附添看護費 金一二四、八〇〇円

原告愛子は、受傷者正光が年少者で前記入院中(その期間合計一〇四日)は附添看護を必要としたところ、その費用は一日金一、二〇〇円、合計金一二四、八〇〇円とみるのが相当である。

(二) 入院雑費 三一、二〇〇円

原告愛子は右正光の入院中雑費を出捐したが、一日三〇〇円の割合による三一、二〇〇円を請求する。

4 損害の填補

原告正光は自賠青保険金三八万六〇七二円を受領した。

四  よつて原告らは被告らに対し、第一の第一項記載の金員およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年五月二七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五  被告ら主張第三項の事実を認める。

(被告ら)

一  原告ら主張第一項の事実中、事故の態様は否認し、受傷の程度は不知、その余の事実は認める。同第二項の事実中被告大矢の過失に関する事実は否認し、その余の事実は認める。同第三項の事実は不知。

二  過失相殺の主張

本件事故現場は練馬駅方面から環七方面に至る幅員七メートルの道路と千川通り方面から目白通りに至る道路との交差する交差点である。被告大矢は前者道路を時速約四〇キロの速度で練馬駅方面より環七方面に被告車を運転していたが、交差点の手前で、折から原告正光も同方面に被告車の左前方を道路の左端から一メートルあたりを自転車で進行していたが、交差点にさしかかるや原告正光は道路の左端から急にハンドルを右に切つて右折をはじめたので被告大矢はとつさにハンドルを右に切るとともに急ブレーキをかけて急停止の処置をとつて原告正光との接触をさけようとしたが、ほんのわずか間に合わず、被告車がまさに停止せんとする時点で原告の自転車の右側面中央のペダルの上あたりに被告車の前部左角がわずかにぶつかつた。

ところで、自転車は交差する道路の右に進入しようとする場合、一旦交差点を渡り切つてから、左右の安全を確認してから右の道路に直進して進入しなければならない義務があるにもかかわらず、原告正光には右義務に違反して道路の左端から漫然自転車のハンドルを右に切つて右折しようとした過失があり、右過失は被告大矢の過失に比して重大であり、相当程度過失相殺さるべきである。

三  弁済

原告らが受領した自賠責保険金は五〇万円であるのでこれを賠償額から控除すべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故発生の事実は、その態様および原告正光の傷害の部位程度を除き当事者間に争いがなく、原告正光の傷害の部位程度については〔証拠略〕から、原告は本件事故により大腿骨々折の傷害を蒙り、治療に入院一〇四日、通院実日数七日を要したが、大腿部に長さ約一八センチの傷痕が残つたことが認められる。

二  次に本件事故の態様ならびに過失関係について判断する。

〔証拠略〕によると次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる確証はない。

(一)  本件事故現場の道路の状況は別紙図面のとおりである。

(二)  被告車進行道路はアスフアルト舗装され、制限速度は現在時速四〇キロメートルであるが、事故当時は時速二五キロメートルであつた。交通量は多いが渋滞するという程ではなく、場所は住宅地域である。ガードレール縁石による歩車道の区別はない。

(三)  被告大矢は被告車を運転し、時速四〇キロメートルで練馬駅方面から環七方面に向け進行中、同一方向に向け道路左端より約一メートルの地点を進行中の原告正光運転の足踏自転車の発見が遅れたため、右折しようとして多少道路中央線方面に寄つて交差点に進入した際、千川通方面から来た訴外自動車を避ようとして後退した右自転車の動静の確認が不十分となり、危険を感じて急ブレーキを踏んだが時既に遅く、被告車の左前部バンパー付近をやや右向きになつていた右自転車の右中央部分ならびに原告正光の右大腿部付近に接触させるに至らしめた。

(四)  原告正光は被告車と同一方向に進行中、右折しようとして本件交差点にさしかかり、交差点にやや入つた地点で一時停止したところ、左側から訴外自動車が交差点に向つて進行して来たのを瞬間発見し危険を感じて同車を避けようとし、両足をけつてやや後退しようとした直後被告車に接触された。

右認定事実によると被告大矢には前方不注視ならびに制限速度違反の過失がある。又被告会社は被告車の保有者であることは当事者間に争いがないので同被告は自賠法三条の責任がある。

ところで問題は、原告正光が左側を走行して来て、そのまま後方の確認もしないでいきなり被告車の直前を右折しようとしたか否かの点であるが、被告大矢の指示説明(甲第一号証)および供述以外にこれを証する資料はなく、一方の当事者である同人の供述に全面的に依拠するにはこれに反する原告正光の供述がある以上難かしく、被告車のスリツプ痕、原告正光の自転車の状況、同原告の傷害の部位ならびに同供述の一致する左側から走行して来た訴外自動車の存在等を考慮すると、証拠上原告の運転していた自転車が右向きになつていたことは判断されるがその限度を越えて原告正光の行動が被告主張のとおりであると認めることは困難である。

左側から自動車が来たときはこれを見た自転車がやや右にハンドルを切るようにして止まり、あるいはあわてて後退しようとする態勢をとることは吾人の日常経験するところである。

原告正光の供述するところによると交差点に少し入つたところで一時停止し左側から来る車があつたので、危険を感じて後退した時に被告車にぶつけられたという順序になる。しかしこれは恐らく一瞬と言つて良い時間の出来事であろう。原告正光は交差点に入つてやや進むと同時に訴外自動車を発見し、(検証の結果から原告正光から見て左側道路の一部は電柱の影になり多少訴外自動車の動静が発見しがたいことが認められる。)本能的にハンドルを右に切つて避けるようにして停車し、さらに後退しかけた時に被告車に接触されたと見られる。

この状況が、多少前方不注視で原告正光の自転車の動静を確認するのが遅れた被告大矢の目に右折して来たと映つたものと考えるのが相当と思われる。

〔証拠略〕によるとスリツプ痕が右四・九〇メートル、左四・四〇メートルというのがほぼ道路の中央付近(検証の結果から道路の交差状況は甲第一号証の図面とは異なるが、スリツプ痕の位置が被告車進行方向の左端近くについていたという証拠はない。)についていることから見て原告正光が左端で右折のために待期していたとは考えられない。それ故この点の原告らの主張もにわかに採用しがたい。しかし他方被告らの主張する停止直前に、言い変えればスリツプ痕の終点において被告車が原告正光の自転車に接触したということも原告正光の傷害の程度およびその自転車の曲つた形状から見て採用出来ない。寧ろスリツプ痕の始点あるいはその前に本件接触があつたものと考えられるところである。

本件事故は結果的には直進して来た被告車の前に原告正光の自転車がその進路を妨害した形で発生はしているものの、(その意味で原告正光に落度がないわけではない。)被告大矢が制限速度の範囲内で走行し、児童の乗る自転車に十分注意をしていれば容易に避けられたものと言うべきであるから本件事故をもつて普通車同志の右折、直進との関係でとらえることは原告正光に酷であり、前記事情および車種の相違、原告正光の年令を考慮すれば二割の過失相殺をすれば足りるものというべきである。

三  次に原告らに生じた損害について判断する。

(一)  原告正光の慰藉料

前記入・通院ならびに右大腿部の瘢痕ならびにそれによつて蒙る精神的苦痛を考慮すれば、同原告の慰藉料は六〇万円が相当であり、これに前記被害者の過失を斟酌すると原告正光は被告らに対し四八万円をもつて請求しうるものと認められる。

(二)  原告房伺の損害

(イ)  〔証拠略〕によると、同原告はその子正光の治療費として一七万六九〇〇円を支出したほか、その温泉療養費として少くとも一〇万二四〇〇円支出したことが認められる。右は原告正光の傷害の部位・程度・年令に照らしいずれも本件事故と相当因果関係にある出捐と認められるので、これに前記被害者側の過失を斟酌すると二二万三四四〇円をもつて被告らに請求しうるものと認められる。

(ロ)  弁護士費用については本訴追行を原告らが委任したことは記録上明らかであり、これを原告房伺が負担することも推認に難くない。よつてこれに証拠蒐集の難易、被告らの抗争の程度認容額等を考慮し、五万円をもつて被告らに請求しうるものと認める。

(三)  原告愛子の損害

(イ)  原告正光が一〇四日入院したことは前記のとおりであり、これに原告正光が年少者であること、右大腿骨々折で歩行に困難であつたこと等を考慮すれば、付添看護の必要性は明らかであるので、母である原告愛子の付添料を一日一〇〇〇円に評価した一〇万四〇〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認められる。そこでこれに前記過失を斟酌すると八万三二〇〇円を被告らに請求しうることになる。

(ロ)  前記入院につき、原告正光に付添つていた原告愛子に諸種の入院雑費の支払を余儀なくされたであろうことは推認に難くなく、一日三〇〇円程度の入院雑費がかかることは当裁判所に顕著であるので、その一〇四日分に相当する三万一二〇〇円をもつて本件事故と相当因果関係にあるものと認められ、これに前記過失を斟酌すると二万四九六〇円となる。

(四)  損害の填補

原告らが自賠責保険金五〇万円を受領していることは当事者間に争いがない。

自賠責保険金が支払われるのは、人損についてであつて、人損を形成する特定の損害費目に充当され、その相互の流用を許さないという性質のものではない。

よつて特段当事者に充当の合意のない本件にあつては、民法四八九条四号に従い以上の認容額にほぼ按分して充当させるのが相当と認められるので、原告正光は二七万八五五〇円、原告房伺は一五万八六五〇円、原告愛子は六万二八〇〇円宛賠償額が右自賠責保険金で填補されたことになる。

四  よつて被告ら各自に対し原告正光が二〇万一四五〇円、原告房伺が一一万四七九〇円、原告愛子が四万五三六〇円およびこれに対する記録上明らかな訴状送達の日の翌日である昭和四六年五月二七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める部分は理田があるので認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木一彦)

別紙図面

<省略>

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